お墓参りという行事がありますが、まあこれはひとつの意味として
習慣化された行事で、生きている人が故人のことを忘れないための
行いだと思います。
このお墓ってやっぱり必要なんでしょうか?
最近はお墓を作らない人も増えているようですが、だいたい
お墓の中に死んだ人はいません・・・・・よね。
人間は死ねば(肉体が死ぬということ)ただの有機物です。
だいたいお墓の中の暗い土のなかに死んだ人がいるとすれば
あんな暗くてジメジメした土の中に眠っているのはとても可哀想です。
死んだらすべてなくなる・・・これは唯物論者の考え。
これはありえないと思います。死ぬと魂は生前その人の霊的な
進歩に見合った界層へ行きます。だから死ぬことを他界という
のでしょうね。天国と言う言葉がありますが、魂はまさに天国へと
向かいます。もちろん天にあるわけではなく、まるで別の次元
のアナザーワールドということです。
なぜ、天国というのか?それは肉体を纏っていた時とは雲泥の差の
身軽さと快適さのある世界だからです。普通に平凡にいわゆる善良な
市民と言われるような人間をやってきた人はこの界層に行くようです。
最近、以前から考えていた、なぜ、人は存在するのか?
なぜ人は生まれてくるのか?・・・という疑問に明確に答えてくれる
アナザーワールドからの霊性の高い人のメッセージを書きとめた
素晴らしいものに出会いました。具体的には名前を出しませんが、
そこには、人間の存在の意味が明確に示されています。
そんなのウソだろ、オカルトだろ、と言う人もたくさんいるでしょう。
でも時期が来ている人には理解できます。そこには人間が勝手に脚色した
宗教など完全に越えた叡智が示されています。
科学万能と思っている科学者は科学で解明できないものは、すべて
否定します。この世の中というより、この宇宙には人智などはるかに及ばない
ことがほとんどなのだという気がします。
お墓の話からすこし飛躍しましたが、墓地や墓石などを高く売りつけて
生業にしている人達や、戒名などと称して戒名ひとつに数十万円も要求する
仏教者などは、人間の無知に乗じたとんでもない行いをしているのではないで
しょうか。
死は、本来は祝福されて良いものです。但し、自殺はダメです。この世に魂の
成長のために自分の意思で生まれてきたのに、その自己責任を果たしていないからです。
自殺者の死後の行方についてはここでは書きませんが、まあ、死んでも
魂は死ねないので、苦しみは無くなりません。
寿命が来るまでは自分の肉体を死滅させてはいけないという気がします。
もちろん、事故死や病死はその人の自分の意思ではないので自殺とは違います。
人間、多くの人が死の恐怖を抱いていますが、肉体の死についての正しい
認識ができれば、死の恐怖というのはなくなると思います。
お葬式の時に笑っている友人がいてひどく憤りを感じたなどという新聞の
投書を見たことがありますが、笑って送ってあげた人のほうが正解です。
「不自由な肉体から開放されて、しばらくはあの世でゆっくり楽しんでね」
という気持ちで送ってあげたほうが、死んだ人もあの世へも旅立ちやすく
なるようです。故人に対するあまりに強い執着は、死んだ人のあの世への
旅立ちを妨げてしまいます。確かに愛する人との別離はつらいですが、
同じ霊的レベルならあの世で再開することができます。
死という恐怖がなくなれば、この物質世界でも生きやすくなると思いますが、
いかがでしょうか・・・・・・・・。
posted by Aregro at 12:36|
Comment(0)
|
精神世界
|

|