2015年04月14日

エゴに支配されている私たち

当サイトでも度々お名前の出ている山川紘矢さんの書かれた本の中にとても良い一説がありました。原文の引用で恐縮ですが、ご紹介しておきます。本当に山川さんのおっしゃるとおり人間ってエゴの塊りです。これがあらゆる争いの元でもあり、格差社会の原因でもあるのです。以下原文そのまま引用させていただきました。

・・・・・以下原文引用

「いつも人に勝ちたい」
「自分が正しい、あいつらは間違っている」
「あいつらはけしからん」
「戦争してお国のために命を捨てるのは名誉なことだ」
「自分だけ良ければいいのだ」と考えている人もいるでしょう。
「自分は今のままでは完全ではない」
「ありのままの自分なんて受け入れられない」
みんなある意味で自分が正しいと必死で頑張っているのです。しかし、本当の意味では自分が何をしているのかをよく知りません。攻撃的な人は被害者意識が強く、心に傷を持っていますが、そのことに自分では気が付いていません。自分には見えないのです。イライラしている人は、自分がどうしてイライラしているのかを知らないのです。いつもイライラしてきたので、それが普通の事だと思っているのです。
厳しい世界を生き抜いている人は、平和な心がどんなものか、忘れているのです。妻子を養っていくために本当に、毎日、精一杯にいきているのです。
エゴが見えていないときは、エゴがあなたを乗っ取っています。多くの人はエゴと自分が一体化しています。ある意味ではエゴのなすがままです。生きるために不正をしたり、人を騙したりしなければならないと信じ込んでいる人だっているかもしれません。

エゴはいつも物事を恐れから決めています。
よく自分を見てみましょう。

自分の中に恐れがありますか?
負けることは嫌いですか?
お金を失うことは怖いですか?
病気が怖いですか?

誰もが死にます。死ぬときは誰もが降参(サレンダー)しなければなりません。そうなっているからです。いくら怖がっても死ぬときは死ぬでしょう。でも、本当の意味では死はありません。苦しみがあるのはエゴで生きているからです。危険、不安、失敗、恐れ、悲しみ、恥、はみんなエゴが物事をそう解釈しているだけなのです。
・・・・・引用ここまで。

エゴに支配されているがために、人は誰かの優位に立ちたい、自分よりあいつは劣っている、なんであんな奴が俺より広い知識があるんだ・・・・あいつの弱みを握ったから、皆に知らしめて貶めてやろう・・・・こういう気持ちはすべてエゴのなす仕業です。エゴを失くすには自分の価値を認めましょう。どんなに劣っている人と思われている、また自分で思っている人でも、生きている意味はあるのです。世間一般でも経済的なことや結婚や家庭、社会的な地位などあらゆるものに勝ち組負け組などという優劣をマスコミなども平気で表現しています。自分の存在価値を見つけて、他人の利点も認めることができれば、皆平等に助け合って生きられると思うのですが・・・・・。
posted by Aregro at 22:29| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする