2012年08月19日

オリンピックも終わって・・・

ロンドンオリンピックも終わって、マスコミの喧騒も
少し収まってきましたが、今度は尖閣諸島をめぐる領土問題。

この領土問題ですが、オリンピックと人間の根底では繋がっているんですね。

え、なんで?と思われる方もいるかもしれませんが、そもそもオリンピックって
人間の身体能力やいろいろな技を披露して、楽しむものだと思います。

でも、これもどこの国が一番、どこの国が予選落ちなど必ず優劣を
序列で表現します。まあ、こうしたほうが人間は楽しめるのです。

このことは拡大していくと、自分の国が一番、他はダメというナショナリズム的な
発想になってくるのです。「いや、そんなことはない、オリンピックは神聖な
スポーツの祭典だ」という反論があると思いますが、そういうことではなく
競い合うということは、突き詰めると他を排斥するということになるのです。

まず、個人のことを考えて見ましょう。
誰でも自分が一番大切→家族→友人知人→赤の他人、という順番で大切さが
薄れていくと思うのですが、いかがでしょう。これはほとんどの人がそうだと
思います。そういう管理人だってそうです。しかし、本当は人間社会が真の
平和な社会になるにはこれではダメなのです。

今問題になっている領土問題でもそうです。身近なところではよくあるのが、
個人間で隣地との境界の争いがあります。年間でもかなりの裁判があるようですが、
領土問題もこれと同じです。自分が優越を主張したい、そのためには他を排斥
しても良い・・・・こういう人間の根源的な感情がなくならない限り、
争いごとはなくならないし、戦争もなくならないでしょう。

スポーツだけに限りません。自然科学の分野だって、本当に人間のために
と思って研究をしている良心的な科学者や医学者もたくさんいると思います。
これは素晴らしいことです。ただ、これがどこの国より先にこれを発見したとか
最初に宇宙に行くのはどこの国だ・・・などということになると人間のエゴが
優先してしまうのです。

このような人間の愚かな部分に気が付きなさいと、身を持って教えに来たのが
イエス・キリストですが、結局人間は彼も排斥してしまいました。
そして人間の都合の良いところだけイエスの教えのようにピックアップして
新約聖書などを作ってしまったのです。

ちょっと話が飛躍してしまいましたが、人間が競争をしている限り
(競争もゲーム感覚で楽しむなら悪くはないと思います)戦争も
争いごともなくならないと思います。

以前も言いましたが、経済的な強者弱者をして勝ち組だの負け組だの言うのは論外です。
つい最近もヤフーのトップページの特集コーナーか何かに、家族関係の勝ち組と負け組
などという見出しがありました。これは何ですか?家族のいない人や家族関係で失敗した人は、
負け組なんですか?
もう何をか言わんやです。こんなことを言っているマスコミが
戦争のない平和な社会・・・なんて言っているのはチャンチャラおかしいです。

人間はまだまだこの世界では幼稚な生き物です。



posted by Aregro at 10:54| Comment(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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