2013年04月16日

死んだら無だよ

死んだら無だよ・・・・・

管理人の身近な人にもこう思っている人が多いので、ちょっと愕然としています。

死んだら意識なく寝ている状態と同じだと思っているようです。
もちろん、死に対する思いは人それぞれ違ってもしょうがないことではあるとは
思うんですが、それは違うと言っても「でも、〇〇さん実際に死んだことがあるわけ
ではないでしょう」という反論が必ずと言ってよいほど返ってきます。

では、人生一度きりこの肉体が死滅したらすべてが無になって今この自分という
意識をしていることは永遠にないとすれば、この人生何しても良いことに
なりはしないかということです。極悪非道のことをしたって、自分が死んでしまえば
それで終わり、もう自分というものは永遠になくなるわけなので、何の弊害も
ないですよね。(極悪非道に遭った人々は大変な思いをするわけですが)

なぜ、人は良心があるのか?一度きりの人生だったら何をしても良いわけなのに
そこまで勝手なことをしないのは、なぜでしょうか?自分の行為が必ず何らかの形で
自分で責任を負わなければならないということを、たいていの人はどこかに
刷り込まれているからなのではないかと思います。

死んだら無であるとしたら、こんなに不公平な世界はありません。
生まれつき肢体不自由な人や、頭脳明晰容姿端麗に生まれてくる人もいれば、
その逆の人もいるわけです。こんな不公平なこと容認できますか?
この地上世界の不公平さは何らかの意味のあることなのです。

哲学家の故池田晶子さんが生前「肉体が死んでも魂という存在があって、
こちらは永久に死滅することはない」と思っていたほうが絶対に、楽だし得ですよ
というような意味のことをおっしゃっていましたが、まさにその通りだと思います。

仮に死んだら本当に無になってしまえば、それはそれで楽だし、そうでない場合
は、ああ、やっぱり魂は死なないんだとの理解が早く、あの世での生活に
スムーズに移行できるからです。死んだら「無」になり楽になると思うから
自殺者も多く出るのです。自殺者は死ねばもっと苦しみの世界に入ることに
なります。

人間は肉体は死んでも魂は死ぬことはできないのだということを
多くの人に知ってもらいたいと思います。そうすればこの人生をおろそかに
することはできないし、自殺をする人も減ると思うのですが・・・・・・




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posted by Aregro at 14:06| Comment(0) | 精神世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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