2017年11月02日

高校生の頃から若い時の話し

高校生の頃の話をしても面白くないかもしれませんが、今とはだいぶ違っていたので話をしたいと思います。高校自体はそう悪い高校ではなかったのですが、私立だったのでやはり不良も多くいました。私も1年の終わり頃から悪い友達(いい奴でしたけどね)と親しくなってしまって、不良になってしまいました。写真は高校2年の時の写真ですが、どうみてもまともじゃないですよね(笑)
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タバコも吸っていたし、シンナーを吸い酔っ払い状態になって遊んでいたりしました。けんかも何度かしたこともあります。ただ、おとなしい奴をいじめたりはしなかったですね。弟は6歳下でしたが、2級上の奴にイヤガラセをされてると聞いていたので、たまたま兄貴と3人で芝生のあるところでキャッチボールをしていたらそいつがいたんですね。兄貴は良い顔でしたがちょっと怖い顔をしていました。

兄貴と一緒にそいつの所へ行って、兄貴が「お前、ウチの弟をいじめたりしたら、ぶっ殺すからな」と兄貴が言っただけでビビッて逃げ出しました。その後うちの弟も全然いじめられなくなったようです。

その頃は私も高校生のくせに彼女がいて、友達も一緒に彼女と4人でラブホテルなども行ったりもしていました。(ひどいことしてましたね(笑))ただ、友達は大学へは行かないと言ったので私も行かないかなと思ったら、父親が仕事しないんだったら、大学へ行けと言ったので4年間はちょっと楽ができると思い、1ヶ月ほど集中して勉強しました。国語や古文は何もしないでも良い成績だったので、英語のみ勉強しました。もちろんたいした大学ではなかったですが合格しました。その時、担任の教師が「お前、ちゃんと勉強してたんだな」と驚いてました。

大学に入ってからは、高校の友達は仕事を始めたのであまり付き合いがなくなり、ジャズにはまり、ジャズスクールにも通うようになったのです。今でもその時の教師だった人のライブを聴きに行っています。ギターですけどやっぱりすごく上手いです。ただビル・エヴァンスという素晴らしいジャズピアニストにはまりギターではなくピアノを始めました。自由が丘の音楽スクールでバイエルから始めましたが、女の先生でしたが「クラシック以外は音楽じゃない」みたいなことをいつも言っていたので、腹が立ちチェルニー30番途中で辞めました。その後は自分で独学でいろいろ勉強しました。その時の演奏がYouTubeにアップしてあります。下手ですが楽しかったです。https://www.youtube.com/user/artenrich

その後ちょっと面白い会社が見つかり、なぜか凄い大学ばかりの従業員がいる会社でしたが、なぜか試験に合格。面白い会社でしたが、そこにいた女性となぜか気が合って結婚してしまいました。頭が良くてすごい大学を出ている人でしたが、なぜか私のことは気に入ってくれました。彼女は当時神戸に住んでいました(彼氏もいたようです)結婚する前二人で那須の貸別荘まで車(会社の車(笑))で行きましたが、母親が二人分の昼の弁当を作ってくれたんです。この辺は母親の気持ちの大きさに彼女も感動していました。その頃の私の写真ですが、高校生の頃とはだいぶちがいますね(笑)その後本もたくさん読んだりしたので眼鏡をかけなくてはならなくなりました。今でも、そこの会社の人達数十人とは1年に一回くらいは会っています。皆さん良い人たちです。
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彼女とは26歳の時に結婚しました。彼女若い時は美人でしたよ。彼女の30代の頃の写真です。鎌倉のお寺に行った時の写真です。彼女は性格も良いです。女性にしては女々しくないし思いやりもあります。
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今ちょっと事情があり、彼女にいろいろお世話になっていますが、助かっています。本当に感謝しています。

こちらは私が撮影したものではありませんが、23歳の時の写真です。
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今日は昔の思い出を書いてしまいました。








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2017年09月15日

人の死について

人間は殆どの人が、「死」については忌まわしいこと、恐ろしいことと思っています。
確かに仲の良かった身内や友人などが死ねば、悲しみが訪れます。もちろん、殺害されたり事故にあったりして死亡すれば、残された人の悲しみはとてつもないことになります。
しかし、霊的な真理を知れば、「死」は決して忌まわしいことではなく、むしろ喜ばしいことであることが解ります。もし、自分が不治の病にかかったとしても、死に対してはかえって喜ばしいことでもあるのです。もちろん自殺はだめです。自殺は自分の勉強のための人生を途中で放棄してしまうからです。自殺した人は良い場所には行けません。

人は肉体をまとっている時が一番つらいときなのです。物理的な肉体をまとっている場所が一番の最下層です。ここで色々なことを勉強するために生きているといってよいでしょう。肉体の死によって魂は自由になれるのです。そして肉体をまとっている場所では良い人、悪い人、好感の持てる人、嫌な人・・・いろいろな人と接触しなければなりませんが、肉体を離れれば自分と同じレベルの人のいる場所に行くことができます。ここでは争いごとなどありません。

ただ、人間として悪いことをしたり、人に対して悪いことをした人や殺人を犯した人たちは死んでもそういう人ばかりがいる最下層の世界に行くことになります。ただ、こういう人たちも救いの道はあるようです。霊界の上の人たちが導いてくれるからです。だから、というわけではありませんが、人は利他的なことをした人ほど上の世界に行けるということです。

これは本当の事です。こんなこと信用しない人も多いと思いますが、真実なことなのです。もちろん私もこんなことは信用していませんでした。でも、ある時期からこのようなことを教授されている方々のサイトや本を読み真実であるということがわかりました。肉体の死により自分が死んでも意識があるので、唯物的な科学者の方などは自分が死んだことがわからない人もたくさんいるようです。皆さんも「肉体の死」ということ決して忌まわしいことではない、喜ばしいことなんだ・・・と思えるようになれば人間としてもっと楽に生きられるかなと思います。

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ラベル:人間の死
posted by Aregro at 11:30| Comment(0) | 精神世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月18日

お墓って大切ですか・・・

お墓って、身内が死んだ場合に必ずそこに埋葬するのが今の人たちの現在の基本的な考えですよね。高齢の人でもこれから死ぬような人たちも、「無縁墓などに埋葬されるのは嫌だ」などと思っている方が多いです。

お墓ってそんなに大事なものなんでしょうか?お墓には通常死んだ人の骨が埋葬されますが、肉体が死ぬと人間の肉体は単なる死骸です。人間の魂は肉体が滅べば別次元な世界へと行きます。このことがわかっている人は少ないのではないでしょうか。だからお墓の前で手を合わせて祈る人が多いですよね。新しくお墓を作るためには、お寺さんや仏教関係の会社やお墓を作る会社などに頼まなくてはなりません。これには結構なお金もかかります。お寺さんやこういう会社のお金儲けの手段でもあります。

以前も書きましたが、「千の風になって」という歌詞の一部に「私のお墓の前で泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません」まさにそのとおりです。インドでは死んだ人の骨は川に流してしまいます。これは死んだ人の魂が別な世界へ行くという認識があるからだと思います。

皆さんも人間が死んだらどこへ行くのか・・・・・ということを考えてみませんか・・・・・

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ラベル:お墓
posted by Aregro at 18:05| Comment(0) | 精神世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

人の心

いつも同じようなことを話しますが、最近テレビや新聞で話題になった中学生の女の子の自殺。これはいじめが原因だと言うことですよね。なぜ、こんな可愛い子がいじめられるのか?・・・・・これは僻みや妬みが原因だと思いますね。この子、とても可愛い子で、しかもピアノを習っていてピアノも相当上手かったようです。いじめた子たちは自分よりも可愛くてピアノも上手いということがひがみやねたみの感情をもたらしたのだと思います。

人は、特に魂レベルの低い人達は自分よりも優れていたり、自分よりも良い生活をしている人と自分を比較して妬み心や僻み心を抱いてしまうんですね。これはある意味仕方のないこととも言えるんですが、これは大人の世界でも同じです。これで大人の世界でも相手を攻撃したりする人がいます。しかも陰湿なことをする人もいます。こんな人たちはまた別の人生で自分がまたいやな人生を送ったり、つらいことを体験したりもします。人は良い心を持てば良き事が帰ってきます。このことを分かって欲しいですね。

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posted by Aregro at 16:06| Comment(0) | 生き方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする